ホニアラの思い出

 今からもう半年以上前の話になりますが、昨年の夏休み、ある事情でソロモン諸島という場所に2週間ほど滞在していました。ソロモン諸島はオーストラリアの北あたり、パプアニューギニアの東にある島国で、分類としてはメラネシアに入る小さな島国です。

 ソロモン諸島、という国名でピンと来る人は少ないと思いますが、ガダルカナル島、と聞くと少し覚えのある方は多いかもしれません。ガダルカナル島に首都ホニアラを持つ「ソロモン諸島」という国は、推定人口60万人代の小さな国*1ですが、言語的には非常に多様で、調査によれば少なくとも64以上の地域言語が話されています*2

 このため、イギリス植民地時代や独立後の政治において、島民と外国人、あるいは島民同士のコミュニケーションにおいて用いられた言語は英語の語彙と現地の文法が混ざりあったいわゆるピジンクレオール言語ピジン(Pijin)語でした。これは単に無秩序に言語が混じり合った結果ではなくて、長い歴史*3の中でメラネシア一帯に定着していった体系的な言語であることが分かっているのですが、まあともかく、現地と欧米人との接触によって生まれた、英語とは少し似ているけど明らかに違う言葉くらいに考えてくれたら良いです。Pijin語の例として、次のような文章が挙げられます。

Datfala tri ia, hem long lan blong mi ia.
「その木は私の土地にある。」 (Jourdan and Maebiru 2002: 34)

  その文法に関しては「Pijin」で調べていただければ辞書や語学的な入門書が出てくるため割愛しますが、ともかく僕はこの言語を卒論で調査していて、そのため複雑なご縁*4によってソロモン諸島に連れてきていただいた際にも、無理を言って滞在期間を1人だけ1週間伸ばしてもらい、その時間で言語調査をしていました。

f:id:kypa:20200524234738j:plain

首都ホニアラの海。まあまあ汚い

 前提おわり。

 ここから下に書かれていることは全てナンセンスで低劣な内容です。

 

 

 言語調査という名目で滞在していた僕ですが、フィールドワーカーとしては致命的なことに、見知らぬ人とのコミュニケーションが非常に苦手でした。仕事がなくて暇そうにしている人たちがそこら中にいるのですが、ビンロウ*5のおかげで見た目が怖い人達ばかりで、ほぼ話しかけることができずにいました。「1日に1人は絶対調査する」というマイルールを決めたのですが、達成できた日は半分くらいでした。

 全く未知の人に話しかけて調査をするのがあまりに大変なので、まずは調査の内容を非常に簡易的な文法性調査に切り替えました。いくつかの簡単な文章をこちらで用意して、それがPijin語として正しいか尋ねたり、もっと自然な表現があれば教えてもらったりするという調査です。

 そして調査の相手も、自分が泊まっているホテルの内側にいる人たちに絞りました。フロントはなんだかんだ言って忙しそうにしているので調査に付き合わせるのは難しく、一番の相手はホテルの夜間警備員でした。彼らは本当に話しかけてほしそうにしていますし、何より深夜に一人で出歩くだけで向こうから話しかけてきてくれます。会話を遮る相手もいませんし、向こうから切り上げられることもありません。このメソッドで調査の人数を増やしていき、昼間は休暇と割り切ってビールを飲んでいました。余談ですが、ビールスタンドは僕がホニアラで見たあらゆる建物の中でカジノの次に警備が厳しそうでした。建物の奥に入った暗い場所に入り口があり、長い廊下の奥にある檻越しに店員から缶と現金を交換します。店員は一言も発しません。これ合法だよな……?という気持ちにいつもなりましたが、ホテルよりレートが低いので利用しない手はありませんでした。

f:id:kypa:20200525000243j:plain

南国最高!

  ともかく、そうしてホテルの下でビールを一人で飲もうとすると、現地の方が話しかけてくれることがありました。一応レストランの屋外席という扱いのようですが、僕も勝手にビールを持ち込んでますし、そこらへんは緩いのです。全く何も注文していない人がよく入って雑談をしていました。

「よう!」その男の人は僕と目が合うと、一緒の席に移ってくるよう目で合図しました。僕は怪しいと思いつつもその席に移動しました。話しかけるのが苦手で調査できないのです。向こうから話しかけてくれるのならば、それに越したことはありません。

「どこから来たんだ?」英語で話しかけてきてくれてとても助かりました。僕はPijin語の研究をしていながらほぼ現地の言葉が聞き取れないのです。とはいえ、現地の人たちは英語を知っていて、かつ外国人と話すときの公的な言語として非常に良く使いこなしています。

「日本です」僕は答えました。

「日本か。そうか!何しに来たんだ?」

 僕は自分がPijin語の調査で来ていることを伝え、彼にも早速調査に付き合ってもらいました。非常に正直に色々と答えてくれました。ホニアラで出会った人たちは、本当に優しくてフレンドリーな方たちばかりで、とても調査を進める上で助かりました。

「ありがとうございました」僕は言いました。「それで、お願いなのですが、もし問題なければ母親と父親の第一言語、そして名前を教えていただけますか?」

「ああ。母親は~~~出身の~~~語話者で、父親は~~~だ。私の出身は~~~だからな」その方はフレンドリーな口調で全てを教えてくれます。「ちなみに私の名前は~~~で、電話番号は~~~だ。昔は~~~に留学していて、~~~の仕事をしていたんだ。~~~の仕事は大変でな、昔~~~という人が~~~ということをしたんだが、~~~が~~~で……」

 僕は黙って聞いていました。時々相槌を打ちながら。調査に協力してもらい、人によってはナーバスな話題となる母語名や出身まで聞いたのです。ソロモン諸島では1つの母語集団はwantokと呼ばれ、民族と同じくらい強固な社会的繋がりを持っています。過去にはwantok同士の紛争が内戦に発展した経緯もあります。いくら南国の穏やかな雰囲気が漂っていたところで、それを忘れるほど愚かではいられないでしょう。

「~~で、……というわけだ。それから、……ということがあって、……で、ちなみに今は……なんだが、……なんだ。今日はありがとうな!」

「ありがとうございます」

「じゃあ、そういうわけで」男は軽く僕の方を向いて言いました。あのフレンドリーな笑みを浮かべたまま。「今度はお前のことを教えてもらえるか?名前は?」

「……です」

「そうか。おれも日本に行くかもしれないからな。住所と電話番号を教えてくれるか?」

 僕は紙に書いてそれを教えました。あれこれと個人的なことを聞いた手前、こちらが断るのは失礼に値する気がしたのです。個人情報を書いた紙を男に差し出しました。正直に言えば、住所や電話番号を書いたところで何も関係はない気がしましたし、むしろ彼の友達や何やで調査対象を連れてきてくれそうだと考えていました。

「ここに泊まってるのか?」

「そうです」

「部屋の番号は?」

「……です」

「そうか。ありがとう!私にもお前と同じくらいの子供がいるんだ。お前は兄弟がいるのか?」

「います。実は双子で……」僕の話を遮るように、男は、

「ガールフレンドは?」と聞きました。

 僕は返答に困って黙りました。男の目が僕を見ていました。無言は十分答えになっていたようです。

 「ずっと?」

 僕はやはり黙っていました。

「セックスは?」

 これは予想外の質問でした。僕が男の顔を見ると、彼はにっこりと不敵に笑いました。

「お前、何歳だ?」

「……21」

ソロモン諸島で試すのはどうだ?私に同じくらいの子供がいると言っただろう。18か、19歳くらいだ。私は昔タイに留学していた。確かに外国はそういうのに厳しいが、ここではそんなの気にする必要ないんだ。私も何度も離婚してるし、」

「あー……」僕は遮った。「いや、その、」

「そういえば、部屋の番号は……だったな」

 男は話しかけてきてくれたときと同じ、満面の笑みを浮かべていました。その顔には一点の曇りもありませんでした。

「明日の朝連絡をする。ホテルで電話を充電して待っていてくれ。娘をここに連れてくるよ」

 

 あっという間の出来事でした。

 僕は自分の部屋に戻って、残っていたソロモンの地ビールを飲みました。全然味がしませんでした。念入りに鍵を閉めて、それから布団にうずくまりました。巨大な恐怖におびえていました。少しでも今の状況から逃げ出したくて、そのためにツイッターをしました。

 

 

  最後、現地のSIMを挿していた中華フォンの電源を切って、僕は眠りにつきました。午前4時くらいのことです。

 

 次に目を覚ましたら正午でした。貞操が守られていることに安心して、中華フォンの電源を入れました。着信はありませんでした。その後、こっそりオナニーをしました。

 最悪の後味だったことを覚えています。

 

 

 今だから言えば、あれは間違いなく日本人をターゲットにした結婚詐欺か何かだったのでしょう。一緒にソロモン諸島に行き、一足早く日本に戻った同行者も同様の経験があるようでした。ただ、僕の人生の中でそういう異性との交渉が唯一ありそうな展開だったので、今でもとても良く覚えています。

 ちなみに、今回会った方は少し開放的な方でしたが、ソロモン諸島全体がそうというわけではもちろんありませんので、十分気をつけてください。RAMSI(ソロモン諸島の内戦調停機関)の発行した外国人向けのガイドでも、男女のスキンシップが西洋に比べて稀でかつ好意的に解釈されないことが書いてありますし、公共の場での露出も控えるよう指示されています。また、多くの国民は数世代に渡ってキリスト教徒であり、宗教に従って敬虔に生きている人々がたくさんいらっしゃることを強調しておきます。

 

*1: Population - Solomon Islands National Statistics Office

*2:以下、この記事におけるソロモン諸島の言語状況に関する記述は基本的に以下の記事によります: Jourdan, Christine and Rachel Selbach (2004) Solomon islands pijin: phonology and phonetics.
In B. Kortmann (ed.) A Handbook of Varieties of English: Phonology and phonetics, 690–
791. Berlin: Mouton de Gruyter.

*3:Pijin語の歴史はここに詳しい: Keesing, Roger Martin (1988) Melanesian Pidgin and the Oceanic Substrate. California: Stanford University Press.

*4:このご縁に至るまでの複雑な経緯はサークルの部内誌等にいずれ完全な形で出したいと考えています。もしこの記事をご覧になっていたらですが、私をソロモン諸島に連れて行ってくださった方々に改めて感謝の意を述べさせていただきます。

*5:台湾~オセアニアあたりで広まっている噛みタバコに似た中毒物質で、常習すると歯が赤くボロボロになる