大原~花背漂流記

 漠然とAdventarを見ていたら、自分が約3ヶ月もの長きに渡って記事を滞納していたことに気づきました。大変申し訳ありません。本来書こうと思っていたこととは全然違うのですが、ちょうどKMCっぽい経験をしたところなので、今回はその記事を以てアドベントカレンダー16日目の記事とさせていただこうと思います。

 *1adventar.org


  突然ですが、皆さんは「効率性」って好きですか?僕はあまり好きではないです。人に非効率を押し付けられて悲しい気持ちになることはありますが*2、自分で選択する非効率は不思議と嫌いになれません。人生は効率性との戦いで、いかに非効率的なお楽しみを残せるかがキモです。

 何にも結びつかない無駄なことって、どうしてあんなに楽しいんだろう。

 

……そういう愚かなことを考えた結果、無茶な旅程についてきてしまったことをひどく後悔しています。17系統、大原行きのバスに乗っていたときのことです。

gyazo.com

 同行者のサークルの先輩たちとこの行程を再確認していたところ、居合わせた地元のおばちゃんに全否定されたからです。おばちゃんに僕たちの旅程を話したところ、「無謀ちゃう?」とひとこと言われ、その後もバスを降りるまで本気の心配をされ続けました。(おばちゃんの声が大きいので、バス中の人々が僕たちの異常な行動を知り、憐れんでいました)

 なぜこの行動に至ったのか。 KMCでは毎年これくらいの時期に花背の山奥で春合宿をやっているのですが(昨年の様子はこちら)、その記念すべき初日、バスの集合場所にやってきた先輩の「徒歩で行かない?」という提案に同意してしまったためです。あまり詳しくは知らないのですが、日頃の最短経路である鞍馬~花背峠間のルートは一部が封鎖されており、そのため京都バスの最北限である大原(それなりの観光地)から、山を縫ってぐるりと回り込む必要があるとのこと。普段はネット中毒で滅多に下宿の外にも出ないのに、いきなり17kmの旅程は無理がありすぎます。ちなみに昼夜逆転が祟って起きたのは前日の夕方4時です。

 「この先食べ物とか買えるとこないよ」と言われ、促されるままに終点4つ手前のバス停で降車。

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 シックなファミリーマートがありました。

 これまでディスカバリーチャンネルで見てきた遭難事故の先例を踏まえ、飲み物とおにぎりのほかに板チョコを購入。この高脂質・高糖分のエネルギー源に今後何回も救われることになります。

 

 歩行距離を少しでも節約するため、終点まで1km足らずの距離を再びバスに乗ります。終点は大原三千院、何やら有名な観光地のようです。と、ここで先輩が「観光してかない?」と言い放ちました。三千院はバス停から東方向の山上にあり、これからの行程に対して明らかに遠回りです。僕は懸命に反対しました。観光したいのなら、そう遠くは無いのですから、また日を改めて来れば良い話です。日没というタイムリミットもありますし、何よりこれから十数キロの歩きが待っているのですから、あえて山上の寺に回り道することは決して懸命な判断とはいえません。

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  来ました。我々は非効率と逆張りに突き動かされた悲しきモンスターです。*3

 

  ここから先、しばらくはただの舗装道路です。微妙にバンピーな気もしなくはない林間の国道をゆっくりと進んでいきます。昨年の台風でなぎ倒された木もあり、「落石注意」の看板も見えたりしますが、気にすることはありません。人間の当たり判定は車より小さいので。

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 問題は距離です。Googleマップには4時間半の行程と言われましたが、平坦な道と今後始まるであろう峠の山道が同じ速さで歩けるはずはなくて、時たま入るスマホの電波から「日没後が心配」「夕食間に合わないのでは」みたいな発言が入ってきます。前述の通り僕は昨晩の16時からずっと起きているので、次第にやってくる眠気が不安でなりません。

 5~6km歩いたところで疲れてきたので休憩します。道を降りたところにいい感じの川が流れていました。いい感じの石の上に座ってお昼ご飯です。僕はコンビニで買ったおにぎりを全て食べてしまっていたので、もしものために取っておいた板チョコを空けていきます。

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 板チョコはおいしいです。疲れを癒やす力があります。

 

 そうこうしているうちに雨が降り始めました。既にバスで目的地に到着し、屋根と暖房に囲まれた安全地帯から我々のことをせせら笑っているに違いない人々の情報からすると、花背も雨とのこと。困ったことに、僕は荷物ごとバスに傘を預けてきてしまったので、雨から守ってくれるものがありません。仕方が無いので先輩の傘に入れてもらい、強い山風が吹き始める中、恥ずかしさと寒さに震えながらも代わり映えしない山道を進んでいきました。

  民家はとうに見えなくなっていましたが、次第に周囲の林も森へと代わり(違いはよく分からないです)、根本から折れたまま朽ち果てている倒木も目立ってきます。「不法投棄禁止!」みたいな看板が出始め、よくよく周りを見てみると、道からすぐ見える場所に古雑誌やソファ、一輪車など、何年前に捨てられたかも分からないガラクタが投棄されています。大変嘆かわしいことです。雨に打たれながら溜息をつきます。しかし、そのゴミの山で我々は、

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 傘を発見しました。

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 喜びのあまり記念撮影します。今日この日のために、この傘は幾年もの時を辺鄙な山奥で過ごしてきたのです。感謝しておきましょう。

 同行者の1人は異様にこの傘の柄を気に入ったらしく、道中ずっと爆笑しながら写真を撮られていました。

 

  道を進んでいきます。基本的に何も無い道ですが、途中シーズンオフの鮎釣り場とか、白煙を上げながらゴミを焼いているおじさんとかに遭遇します。滅多に人が来ない道だからか、おじさんはようやく話し相手が来たという感じで、焼却炉を離れて僕たちに話しかけてきます。内容はあまり理解していませんが、大学を出なさいとか、資格を取りなさいとか、そういう役に立つアドバイスをもらいました。オススメの資格は漢検、英検、宅建で、そうすれば京都市役所の上のほうになれるとのこと。将来の話を聞いていると頭痛がしてきたので、まだ話し足りなさそうにしているおじさんを振り切り、更に山道を進んでいきます。

 

 携帯の残り電池を気にしていたので、あまり写真が取れていないのですが、次第に道も狭く険しくなっていきます。周囲に流れていた川のせせらぎも消えて、ここからは本格的な山道のようです。連なるような山の中で、向かいのはるか上空に別の道があると思っていたら、実はそれが自分たちの道の続きだった、ということが増えてきます。こう書くとポエミーな感じがしますが、もちろんそんなことはなくて、物理的にはひたすら痛みと苦しみを味わい続けました。先輩にチョコを分け与えたり、逆にアメをもらったりしながら、次第に増していく勾配を進み続けます。途中に「触らないでください」って書いてある京大地震研の計測器を発見して、傘でちょっかいを出したくなる衝動を必死に抑えたり、未だに僕の傘が気に入っているらしい先輩から写真を撮られたりしながら進んでいきました(この記事を見ていたら写真ください)。

 

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 しばらくすると百井という集落に到着しました。地図とか掲げてあったりして、フレンドリーな様子です。町の集会所的なところの外に腰掛けていると、資材を積んだトラックが怪訝そうな様子で通過していきます。そういえば登り坂があまりに苛酷だったので、杖として僕は廃棄された傘を、先輩の1人は折れた交通ポールを、もう1人は道端の枝を拾っていました。傘以外を捨て、僕たちは最終目的地へと進んでいきます。

 

 ここから先もあまり写真が撮れていないのですが、おそらく最も過酷だったのは最後の3分の1くらいだったと思います。上掲の地図を見てもらえば分かる通り、傾斜の都合で道が曲がりくねっているだけでなく、長い下りと上りが繰り返されるようになります。そして周囲はスギが大繁殖中で、僕の被っていたマスクの中も花粉で飽和していきます。マイナスイオンの正体はスギ花粉だと思いました。

 徐々に食糧備蓄が減ってきたので、ここらへんからエネルギーと水分切れが怖くなってきました。途中ベンチの付いたお地蔵さんの祠があり、そこで数分間休憩したのですが、お供え物と思われるペットボトル飲料を奪い取れないものか真剣に考えました。

 百井から数kmの下り坂を経て、我々は百井別れという場所に辿り着きます。要は日頃使っている鞍馬~花背間のルートとの合流地点なのですが、ほぼ180度近い鋭角のコーナーで、地理上仕方ないと分かっていながらもやるせなさがこみ上げてきます。

  百井別れの様子です。通行止めの標示に微かなエモさを感じつつ、反対側の急斜面を登っていきます。

 

 花背峠に着きました。消耗した足腰に九十九折の急斜面はあまりに厳しく、同行者達は「後ろ向きに歩くことで使う筋肉を分散させる」というメソッドを考案し、実行していました。

 ここから山の家までは3.5kmという標示があり、僕は焦りましたが、先輩曰くこれは何らかの間違いで、そこまでは遠くないとのこと。Googleマップを覗きながら言っているので、きっと間違ってはいないはず。もうすぐ皆に会える、ロッジの暖かい布団に入れる。期待に胸を膨らませながら、外界へと続く下り坂を降りていきます。

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 もう人の言葉は信じません。

 

 既に近くにいるはずだ、我々は十分歩いたはずだ、という確信と疲労からか、全ての看板が山の家の入り口を示している気がします。特に山道は斜面で先が見通せないので、1つ坂を降りるたびにその先に町のある気がしてくるのです。

 途中、山の家に酷似した(ようにそのときの僕に思えた)ロッジを見つけ、喜びのあまり僕たちはハイタッチしました。先輩は笑っていました。その笑いは達成感からだと信じていました。疲れと喜びでぐちゃぐちゃになった顔で、僕は記念撮影までしました。

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 記念撮影が済むと、同行者たちは笑いながら先へと進んでいきました。僕も薄々気づいていました。その笑いは達成感ではなく優越感、あるいは僕に対する憐憫の情から来ていたことに。言われるまでもなく、僕の認識機能は完全に壊れていました。これは目的地ではありません。目的地の建物に少し似ているだけの、全く異なる打ち捨てられた山小屋です。記念撮影をしている間、先輩はどこか悲しげな目で、僕たちの進む道、壮大な下り坂を見つめていました。

  数分後、少し視界が開け、携帯の電波も僅かに入り始めました。普段バスで向かうとき、道化のような気持ちで眺めていた巨大な看板。記憶の中の花背にあったものが見つかり、僕たちの来た道は間違っていなかったという安堵が広がります。

 数分後。僕たちは花背の町に入り、両側に点在する家屋に大きな安心感を抱きました。バスで来れば田舎としか思えない光景ですが、今の僕にとっては祇園四条にも匹敵する巨大な文明でした。家があり、ポストがあり、自動販売機まであります。自動販売機は本当に素晴らしいです。数年ぶりにオロナミンCを飲みましたが、とても美味しかったです。

 それから1km程度花背の町を歩き、ようやく僕たちは目的地の山の家、の入り口に辿りつきました。山の家はその名の通り山の斜面上にあるので、ここから先に数百メートルは急斜面を登らなければなりません。例年バスから降りた僕は、この斜面を登るのにすら息を上げ、苦しんでいました。しかし、今の僕たちにとって、これは斜面でも何でもありません。見慣れた、歩き慣れた軽い坂道です。あと少しで目的地に着くという期待のなか、僕の両足は自然と走り始めていました。乗り越えられる。どんな坂も。どんなに困難な道だって、僕たちになら進んでいける――。

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 辿り着きました。居合わせたOBの方に記念撮影をしてもらいながら、僕の両目は自然と潤んでいました。これはきっと花粉症の症状に違いありません。十数キロもの山道の間、僕たちは数千本、いや数万本のスギを乗り越えてきたのですから。

 

 

 帰路、僕たちはバスを待っていました。そのとき、あの地獄のような行程に誘ってきた先輩の一人が、僕を見つけて声をかけました。

「下山、下山」

 帰りも徒歩で行かないかと提案しているようです。

 僕は丁重に断り、踵を返し、決然とバスに乗り込みました。

 バスの車窓から見る山道は短く、僕たちの5時間は30分のドライブで事足りました。

 

 もう二度とあんな愚行はしません。

 


お知らせ

 KMCでは新入部員をいつでも募集しています。所属や年齢に関係なく、どなたでも入部可能です。そういえばそろそろ新歓の時期なので、少しでも興味のある方はぜひ参加してみてください。日頃はあらゆる愚行をしております。よろしくお願いします。

www.kmc.gr.jp

*1:「2018」の文字列をウルっときた……今年に入ってから就活とかつらいことばかりなので一生2018年が続いて欲しかったです。

*2:手書きのESとか

*3:この後三千院はわりと高めの拝観料を課していることが判明し、お金のない私は丁重に辞退しました。その後、中に入った先輩が出てくるまで外のお土産屋を眺めていたところ、おばちゃんに話しかけられ、試食し、拝観料と同額の漬物を購入しました。