バンコクの思い出

 この記事を書いている今日は奇しくもセンター試験の日で、つまり僕の数少ない成功体験のうちの1つが誕生した日でもある。インターネットはつくづく不思議な場所で、おそらく一人も見ていないだろう受験生に対してアドバイスの皮を被って成功体験の吹聴や自己確認が行われていたりするのだが、そういうあからさまな自己肯定感の祭典を鼻で笑ったところで、僕もまた一定の成功体験の追憶を行っていることは事実として認めなければいけない。大学の近辺に住んでいるので、先程出かけただけで大量の受験生を目撃したのだが、そのとき深々と被っていたフードの内側に見える僕の口元には、勝者にだけ許される冒涜的な笑みが浮かんでいた。今更言うまでもないこととして、僕は最低の人間なのである*1

 というわけでその帰り道、僕は何らかの黒歴史を書き下して自分への楔にしようと思ったのだが、僕は身体の9割が黒歴史で構成されている人間なので、考えても考えても書くことばかり出てくる。しかしどれも容易に書けるものではない。おそらく黒歴史を書く過程は継続的な苦悶や疼痛との戦いであり、書けば書くほど死や発狂へのレールは加速していくことだろう。ということで、あまり激烈な黒々とした陳述は取り止めて、もっと「こんなこともあったけど今思い返すと恥ずかしいな~」くらいの、いわばセピア色の写真のような淡い思い出を書くことにしよう。ところで相変わらずクソ長いこの前振りは、早く本題に入りたくないがためだけに付加されたものです。

 

 

 ツイッターとか現実とかで繰り返しネタにしてきたし、些か食傷気味で申し訳ないのだが、去年の8月、僕は短期留学プログラムでタイのバンコクに滞在していた。日中はなぜか一向に仲良くなれない数人の日本人学生と一緒にタイ語やタイ文化について勉強し、放課後はタイ人学生に連れられてバンコクの街を観光した。僕はまだ一人の名前も顔も知らないのに、いつの間にか日本人の女子学生が現地の日本語学科の子と仲良くなっていて、その子たちが日本人学生全体を色々な場所に連れて行ってくれたのだ。一言もプログラムにはそんなこと書いてないのに。

 観光と言っても、日本人学生のうちの3分の2が女性で、タイ人は100%女性だったから、行くのは大学近辺のショッピングセンターだ。そこで彼女たちは日本には無いという服屋のカジュアルブランドや、地元で人気を誇るスイーツ屋さんに連れて行ってくれたりする。男子学生は2人だけで、うち1人は女子と話すのにも慣れているようで、平然と女子と食べかけのスイーツを共有したりしている*2。僕はこれに良く似た場所を知っている。地獄だ。

 で、僕は女性の顔を見ることが苦手で、まして会話するなんてほとんど不可能に近かったから、いつも集団の端っこに一人で居座って、怪しまれない程度に会話量を最小化する、WiFiがあればすぐさまTwitterを開く、という活動を行っていた。たまに女子が出店の1つに興味を示せば、僕も周りに合わせて何らかを購入して食べ、何らかの好意的なコメントを残す、女子がウィンドウ越しに何らかの店の商品に興味を示せば、遠巻きに見守りながらお店のタイ文字の字体に思いを馳せる、そんな感じだ。

 僕はタイ文字のバラエティ豊かな字体を見たり、明らかに海賊版のロゴが入った1000円以下のTシャツや帽子を眺めたり、怪しげに光るタイ文字入りのキーボードを眺めたりするのが好きだったから、他の同行者が興味を示すものにいまいち共感できなくて、隅っこのほうで早く終わって寮に帰れないかなあと強く願っていた。これは万国共通の普遍的な真実だと思うのだが、女性はとにかく雑談が長い。少なくともその傾向がある。1人が帰るたびにわざわざ立ち止まって、明日どうせまた会えるのに長々と別れの口上を述べる女子学生たち、僕はその後ろで、できるだけ別れを惜しみ、まだまだ話し足りないような表情や素振りを生成しようと努力していた。

 

  共同生活への嫌気が差しに差して、インターネットに意味もなく下ネタを連投する等のストレス解消を図っていた6、7日目のこと、この日は少しだけ事情が異なっていて、僕も少しワクワクするような感情を抱いていた。日本人女子学生から聞いたところでは、今日は夕食後にカオサン通りというところに行くことになっていた。そこは外国人が多く集まる「バックパッカーの聖地」というやつで、車の入らない広い通りへせり出すようにクラブやバーが立ち並び、路上に酒やツマミ、コンドームを売る露店があり、所構わず爆音でダンスミュージックやヒップホップが流れ、外国人の若者が踊ったり酒を飲んだり、いわば夜遊びの本場のような場所なのだという。

 当初は危ないから遠巻きに見物しようという話だったのだが、現地学生の中に1人、カオサン通りで踊ることが趣味だという女の子がいた。その子は学生たちの中では珍しくメガネをかけていない、均整の取れた顔にパチリと開いた目、通った鼻を持つ女の子で、まあ正直に言うとめちゃくちゃ可愛かった。とにかく彼女はダンスが好きで、せっかくだから寄って行こうよ、と彼女は言ったのだった。

 これに呼応して現地学生の間で喧々諤々の議論が起こり、彼女たちは突然日本語の100倍くらい早口なタイ語の議論を始め、どこが文末でどこが文頭かも分からぬまま僕たちはその議論を眺め、そして最終的には行ってみようという結論に至ったようだ。彼女たちはそのことを僕達に日本語で言うと、道にせり出したバーのうちの1つに連れて行ってくれた。バーの前にはタイ人の店員が1人いて、慣れた様子の彼女を介して僕達に入場料を払うように伝えた。僕たちは数バーツを払った。冷えたチャーン・ビールが渡された。

 バーといっても、入り口の時点から既に路上にも伝わる爆音が響いていて、EDMのキックが殴るように文字通り僕達の身体を揺らした。DJは2階のブースからバーを見下ろしていて、その正面には歓声を上げながら踊り狂う外国人たちが沢山いたが、慣れた様子の彼女は暗く人も少ない店の奥へと連れて行くと、そこで缶を打ち付けて僕達と乾杯をした。中身を一息に飲み干して口元を拭うと、彼女は缶をそこらの机にほっ放って、バー自体初めて来たような僕達にお手本を示すように踊り始めた。僕たちは輪になって、互いに確かめながらリズムに合わせて踊り始めた。

 おそらく数十分もいなかったと思う。その間に僕たちはまた新しいビール缶を手にしていた。EDMはいわゆる派手な4つ打ち系が多くて、あまり好きなジャンルでもなかったが、大量の音と光、そして周りで踊り狂っている人々に合わせて僕もオタクダンスを踊っていた。正直めちゃくちゃダサかったと思う。1拍ごとに首を上下させ、まるで雌鶏のような動きをしていた。それに比べて、踊り慣れている様子の彼女のほうが明らかに上だった。具体的にどういう動きをしていたかは覚えていないが、ただ身体を前後に揺らすだけでも、全身を使ってゆったりと動いていた、あきらかに彼女の動きのほうが滑らかだった。

 僕たちは酔っ払った。まだまだ何時間だって踊っていられそうな気がしたが、それは錯覚というやつで、大学の寮には明確な門限があったし、実家から通学している女の子だっていつまでも帰らずにはいられないだろう。あの彼女に手を引かれて、僕たちはそのバーを後にした。カオサン通りを出口まで歩いた、その途中で彼女は何回も通行人から英語で話し掛けられたが、全て聞こえないような素振りで無視していた。

 カオサン通りの出口につくと、彼女はそこで寮へ帰るためのタクシーを呼んだ。僕たちは全部で8人いて、ギリギリ2台に分かれて乗れるかという程度だったが、彼女は僕達に離れて待っているように伝えた。確か最初から大人数が見えると、運転手が乗せたくなさに通過してしまうから、とか言っていた気がする。ちなみにタイのタクシーの運転手はよく客を断る。メーターは付いていても使おうとせず、値段は事前に客と交渉する。目当ての額が断られたら破談である。渋滞が多く、メーターが頼りにならない事情もあるのだろうが、外国人には明らかに相場より高い値段を吹っかけてくる。

 何台目かでようやくOKが出ると、僕たちは4人でタクシーに乗った。彼女が助手席だ。僕は他の日本人2人と一緒に、トヨタ車のタクシーの後部座席で彼女を見守る。と、彼女は目的地を流暢な英語で告げた。その後も英語で運転手と二言三言交わす。違和感を覚える僕達を振り返って、彼女は笑いながら日本語でこう言った。

タイ語は話さないの」

 なんで、と聞く同乗客に、彼女は顔を赤くしながら返す。

「タイ人ってバレたらダメ。連れて帰される……」

 彼女の手にはまだ緑色のビール缶が握られていた。プルトップが壊れて、少しずつしか飲めないようだった。彼女は笑いながら言った。

「イナカに帰されちゃうの。私、イナカの子だから……」

 何かの教科書か本で読んだのだろうか、彼女はその『イナカの子』という表現を何度も自嘲的に繰り返した。彼女は僕の方を見ていたわけでもなく、単に後ろを振り返った位置に僕がいただけなのだが、なんとなく僕は恥ずかしくなって、窓の外に目を逸らした。

 

 数日前に、彼女とどこかのショッピングモールを回りながら交わした会話を不意に思い出した。なんでタイ語を勉強してるの、と聞かれて、僕はタイ文字の形が面白いからだ、と答えた。「面白い……?」と彼女は答えた。腑に落ちない様子だった。当然だ。というか、この答えで腑に落ちている人間を見たことがない。十数万のお金を費やしてはるばる来ておいて、その理由は文字の形にあるとは。

 僕は今度はお返しに、なんで日本語を勉強してるの、と聞いた。すると彼女は答えた。日本の会社に就職するためだ、と。彼女は言った。日本の会社は勿論現地で沢山のタイ人を雇用しているし、それなりに昇進もあるが、ある一定以上の地位に上がるには言語の壁がある。中心、という表現を彼女は使ったが、本社では勿論日本語が使われている。本社のほうが給料も高い。そもそも入社するときにも、日本語が使えることは大きなメリットになる、と。

 僕はそれを聞いてしばらく黙ってしまった。彼女のほうが明らかに優秀だ。タイ北東部の生まれで、タイ語はもちろん、英語、それに日本語だってこうして話している。片や僕は漠然と、本当に漠然と生きてしまっている。

「ところで、面白いって……?」歩きながら、重くなってしまった雰囲気を変えるためだろう、彼女は話題を1つ前に戻した。

「僕は言語学科で、言葉とか文字とかが好きだから……」思ってもいないことを僕は返した。

言語学!じゃあ、タイ語以外も勉強してるの?」

「まあ……ロシア語とか、ギリシャ語とか、……ほとんど話せないけど」

ギリシャ語!すごい!」彼女は言う。「何か話してみてよ!」

 今から思えばあれは良くあるお世辞というか、興味を示したフリというか、とにかく額面通りに受け取るべきものではなかったと思うのだが、僕はそのお世辞に気を良くしてしまった。経験の無さはまさしく罪である。僕はその時たまたま思いついたギリシャ語の例文をもじって、詩人のようなわざとらしい高低アクセントで読み上げた。

 "οὐκ σὐ εἰ αἴτιη, ἀλλὰ ἐκεῖνα"

「意味は?」彼女が聞いて、僕は心の中で答えた。

 

 あなたにではなく、かのことどもに責任があるのだ。

*1:この記事を書いている最中にも僕は成功体験を追認して気持ち良くなっている。

*2:彼には僕がどうしても受け入れられなかった2つの癖がある。1つはわざと僕にだけ聞こえるような小声で淫夢用語を使うこと、もう1つは事ある度に屈託のない笑顔で「幸せだな~」と発声することだ。