舌の上に口内炎ができた

 ここ数週間ラーメンとまぜそばしか食べていなかったせいか、気づけば数日前から口内炎ができていた。もうかれこれ数年来の付き合いで、口内炎にはすっかり慣れきっているつもりだったが、今回はできた場所がなんと舌の先端だった。代々木上原くらいの好立地である。

 これほんとにただの口内炎なんだろうか、ついに無意識のうちに舌を噛み切ってしまったのではないか、味蕾が元に戻る未来はあるのだろうかなどと考えながら、それでも差し迫る空腹に支配されてカップ焼きそばを食べたら死ぬほど痛かった。一口ごとに鋭く刺す痛みがあった。僕は半分泣きそうながら、というか微かに目尻からオタク涙を流しながら、それでもどうにかペヤング超大盛りを完食した。こんな文章を書いていたらお腹が空いてきた。

 最初のうちは空腹を感じて、ご飯や麺を啜るごとにつらい体験をしていた。毎食が拷問だった。新装開店した近くの二郎系ラーメンを食べに行ったとき、あの瞬間の僕は確かに嗜虐性を帯びていた。

 しばらくして、僕の意識下の本能が何かを学んだのか、僕はあまり食欲を感じなくなった。空腹は確かに感じる、お腹も鳴ってはいるのだけれども、脳はそれを僕の意識に伝えなくなった。意識に空腹を伝達すれば、また異常に油分の多いラーメン屋に連れて行かれるからだ。あまり空腹を感じなくなって、それでも一日何も口に入れないのはまずいなあと思って、結局大学終わりに生協食堂に行って納豆とご飯を食べるくらいの質素な食生活に行き着いた。納豆は醤油がめちゃくちゃしみた。野菜が必要かと思って取ったほうれん草のお浸しはさらに悲惨な結果をもたらした。

 舌先に口内炎ができたことで、これまでにないところで苦痛を感じたのは話すときだった。言語を話す行為は常に全口腔に多大な負荷を強いるものだ。僕はそのことをこの数日で文字通り痛感した。話すたびにめちゃくちゃ痛かった。特に [t] , [s] , [n] あたりの歯茎音の発話は多大な苦痛を伴った。僕は日本語の音韻体系に [θ] や [ð] が無いことを心から感謝した。今試しに自分で発音してみたところ、ほとんど炎症部分を前歯で突き刺すような形になり、非常に痛かった。僕が数千年前に生まれていたら、きっとこの出来事を元に独力で音声学を作り上げられたと思う。

 僕が大学で発話する機会は生協食堂で注文をする際くらいにしかないので、特段それでも困ったことはないと思っていたが、個別指導のバイトは死ぬほどつらかった。お金が無いので、どれほどの痛みを背負おうと僕は誠心誠意学習指導を行っていくしかなかったのだが、一言話す度に痛みが僕の脳を支配した。それなりに耐え忍びながら、なんとかそれでも淀み無く話せたものだと思っていたら、終わり際に自分の顔が引き攣っていることに気付いた。普段人と会話するときは緊張して異常な笑顔で異常な速度の言葉を羅列し続けているのだ。しかし今日は発話器官の痛覚が仇となって、その表情も発話速度も常識的な範囲に収まってきているらしかった。普段なら何らかのラーメンを食べて帰る帰り道、僕はコンビニで紙パックの野菜ジュースを買いながら、何かが幸に転じたような不思議な感覚を抱いた。

 ここまで書いて、週末に大阪に遊びに行く予定があることに気付いた。たこ焼きとかお好み焼きとか、一口食べた瞬間痛みに泣き崩れちゃう自信があるので、一刻も早く治ってほしいと思います。