4月の活動報告(1)

 数ヶ月前の自分の文章を胸を張って名文と言える人間はきっと実在しないし、実在するならせめてノーベル文学賞3連覇を果たしていてほしいという気持ちですが、それにしても自分の過去の記事を読むとあまりの読みづらさに辟易させられてしまいます。決して少なくない不必要に等しい婉曲表現、琵琶湖のブラックバスのように場違いで見当違いの比喩、極めつけは途中で力尽きたかのような体言止め。味わいのある文章とやらが書ければ多少婉曲的でも許されようというものですが、どれだけ味わおうと噛み締めてもゴムタイヤみたいな味しか広がってこないし、とにかく、レトリカルな前置きはこの辺にして、隅に厳重に安置しておいて、とにかく今月の活動報告をしたいと思います。

1日

 1月頃にtan-i.shopというドメインを購入していて、有効活用できてないなあと前々から思っていたので、エイプリルフールに合わせてちょっとイケてるモダンめなサイトを公開しました。Bootstrapのテンプレートをちょこっと弄っただけで、難しいことは何もしてないんだけど、それだけで気の利いた感じのデザインになって楽しかったです。Gigazineのエイプリルフール特設ページにも「スマートかつスタイリッシュな単位売買サイト」として紹介されてしまって、オイオイマジかという気持ちになりました*1
 tan-i.shop 公式ショップはこちらからアクセスできます。皆様のご購入をお待ちしております。

2日

 何をやっていたんだろう?twitterを見ると「布団だいすき」みたいなツイートにふぁぼ爆を食らっている様子があって、大切な何かを寝過ごしたことが推察されます。

3日

 確かこの日から新歓が本格的にスタートしました。前々からちょこまかした準備はやってたんですが、大切なのは新入生との直接の心の触れ合いがあるということで、そろそろ言っても許されると思うんですが、これは本当につらかったです。
 新入生はキラキラしている、という言葉の本当の意味というか、その裏に隠された恐るべき真実のようなものに触れました。思うに、我々はみんな最初キラキラしていて、友達を作りたいとか好きな勉強をしたいとかの希望があって、そんな外面は数度の失敗をきっかけに見えなくなってしまうんですが、決して夢も希望も無くなったわけじゃなくて、ただ目の前の現状を正当化して心を落ち着けるがためだけに、心の奥底の最終処分場に埋立処分されているんですよね。
 しかし新入生と接すると、処分場の外壁が一気に爆破解体されて、忘れていたはずの夢とか目標とかが意識の上で雪崩を起こして、心の除染は全く追いつかなくて、……とりあえずこの比喩を使うのはやめたほうがいい気がしてきたんですが、とにかく僕は新入生を目の前にすると自分の性根の拗らせっぷりとか捻じれっぷりみたいなものを嫌が応にも意識させられてつらかったです。
 新歓中の雑談で「ハードランディングだけは避けなよ」みたいな最悪なコメントを送っていたりして、本当に申し訳ない限りなんですが、しかし不時着に成功するよりはそもそも航空事故を起こさないことが遥かに意味のあるフライトなので、新入生の皆さんが目的地に着けることを心から願っています。しかしあえなく墜落してしまった新入生の方、ぜひともこれからよろしくお願いします。

4日

 おそらくビラロードでビラを撒きました。去年の今頃は思いきりビラ撒き反対な記事を書いていたので、開始前はかなりアンビバレントな気持ちになってましたが、しかし一般的に知られている事実として、不法投棄は楽しいです。
 地球環境に対する罪悪感の芽を片っ端から摘みながらビラを撒き、列が止まったら痛む心を背にして新入生に話しかけ、わりと理想的な行動を取れたのではないかと思います。
 新入生の中から絶滅の危機に瀕している文学部の新入生を洗い出し、授業の無意味さと図書館の偉大さを訴え、興味のある分野を教えてくれた人にはオタク特有の早口でその分野の大まかな青写真と動向を伝えました。
 今思うと明らかな嘘を何個もついていた気がするので申し訳ないです。新入生からやり直します。

5日

 翌日もビラの不法投棄が収まることはありませんでした。

6日

 忘れられない思い出というのは誰しもあるもので、なぜか僕の場合はその殆ど全てが悶えるほど恥ずかしい記憶なのですが、とにかく僕はこの日忘れられない体験をしました。
 言い忘れていたのですが、僕は先月末頃からアルバイトを始めていて、自分に時給を与えてくれるような社会(会社)が存在していいものかと思いつつも週2でこそこそ働いていました。
 で、この日の僕は、なにせこの日も含めて3日連続で早朝の朝8時に起きて、いつもの癖で深夜まで無駄に起きていたので体調が悪くて、声帯も徐々に破壊されつつあったし、で、つらくて、つらいけど職場に行って、更衣室に入って、あまりにもつらい思い出だから、筆致がイライラ棒を始めてるんですけど、まあ、カーテン越しに差し込む太陽、穏やかな春の陽気、青空を我が物顔で飛び交う鳩、でも防紫外線の部屋はちょっと暗くて、僕はちょっとした感傷に浸りながら、一人で服に袖を通していた。
 そのとき現れてきたものは、何てことない感覚、見慣れた違和感。消化器系の末端に感じた空気を、僕は静かに送り出そうとして、

 頭が真っ白になった。何も考えられなかった。更衣室から出た。真っ先にトイレへと向かった。途中で社員に会った。駆け抜けた。その風を彼がどう感じたのか、それを知る術は全く存在しない。今はトイレに行きたかった。それしか頭に無かった。まるでそこに行けば、全て元通りになると思っていたかのように。

 結局僕は早退した。体調不良、とだけ言い残して。社員の顔は見られなかった。結局、最後まで。次の瞬間、僕は家にいた。風呂に入って全身とパンツを洗い流した。思っていたよりも処理は簡単だった。それはすぐに流れて消えていった。まるで最初から存在しなかったのようだった。僕は寝不足だった。現実感が欠けていた。世界の実在も、出来事の記憶も。全てがあやふやだった。  風呂から出る。全身を拭いた。不安は拭えない。考えるのが嫌だった。ひどく眠かった。倒れるように眠った。眠りに落ちながら分かった、これは現実だと。小刻みに震える脚、固く締められた手、何も言葉を発さない嗄れた声帯。制御できない僕の身体は、しかし現状の把握においてはいつも僕の先を越していたから。

(2)につづく

*1:ちなみに、Gigazineには自分が自作自演で報告しました。

3月の活動報告

 今年は毎月ブログを書こうと決めて、3月の分も早く書こうと思っていたんですが、4月に入った瞬間あり得ない量の予定や出来事が舞い込んできて、気づいたら4月も後半に入ろうとしていました。さすがにそろそろ落ち着いてきた感があるので、こうしてノトパの前に座って何かを書こうとしているんですが、しかし先月に何があったのか、正直なところかなり記憶が曖昧で……。ヴェスヴィオの火山灰に覆われた都市遺跡を掘り出しているような気持ちでいるんですが、違いがあるとすれば、僕の先月の記憶はポンペイほど歴史的重要性が無いということです。

 

 山形での免許合宿を終えた僕は、やたら上質なティッシュが備え付けているビジネスホテルにそのまま一泊して、翌日18きっぷを使って東京の某所へと帰ってきました。途中のルートをどうしようか迷って、代行バスを経由して福島の浜通り(太平洋側)を下っていくハードコア路線も考えたんですが、結局「のんびり電車に乗ってたいよね~~~」みたいな気持ちになって内陸寄りに帰ることにしました。

 ところで僕には叙景的な文章を書く能力が著しく欠如しているという認識があって、そういえば小説とかも長ったらしい景観描写は読み飛ばしていた記憶があるし、そういうわけで全く文学的な描写をすることはできないんですが、奥羽本線山形線?)の車窓はなかなか自然豊かで良かったです。閑散とした車内ですることもないので、免許合宿でついぞ読まれることのなかった岩波文庫(青)を読んでいたんですが、山寺の後遺症なのか議論のおそらく全く本質的ではないある部分をやたら気に入ってしまって、今でもその一節が深白色の車窓と共に思い起こされます。

 やっぱり紀行文は向いてないですね。

 その後わざわざ喜多方までラーメンを食べに行って、なかなか貴重な経験なので良かったんですが、結局実家に帰るのは午後十一時とかになってしまいました。そしてぐっすり寝て、翌日も確かぐっすり寝て、翌々日もぐっすり寝て、……そして気づいたら3月が終わっていた気がします。

 ……と今書いていて、そういえば千葉県の某テーマパークに遊びに行ったのを思い出しました。で、それはまあわりとどうでもよくて、ただ時期的にそれが国立の合格発表の直前で、同行したメンバーの中にも頭の中に白日夢の入ってくる余地の無いような人がいたな、というのを思い出しました。

 とそこまで書いていて、さらにそういえば僕の大学を受けて見事に落ちた友人がいたな、というのを思い出しました。面白いですね(面白いです)。その様子はなぜか落ちた本人によって記事にされている(できればやめたほうがいいと思う)ので、ポエムに理解と関心がある人だったら覗いてみるといいと思います。

 僕はその頃東京の実家で寝ていたので、直接的に彼の宿泊支援をしたりはしなかったんですが、わざわざ合格発表を見に行って返り討ちにあっているのを見て、さすがに僕も若干悲しい気持ちになって悲しくなりました。そしてしばらく悲しい気持ちになっていたんですが、その日の晩に親がめちゃくちゃ高いステーキ屋さんに連れて行ってくれたので忘れました。このブログでアンサーポエムでも贈ろうと思ってたんですが、ここまで来て正直どうでも良くなってきました。そりゃまあ出来事としての破壊力はすごかっただろうし、どす黒い何かに気持ちも何も覆い尽くされちゃったとは思いますが、しかしポンペイほどの歴史的重要性はありません。

2月の活動報告

 今月は事実の総量が多く、普段通り何も考えずに書くと言葉の過剰包装になる恐れが高いので、簡潔な文体でいきたいと思います。

 

 春休みになった。試験期間に比べれば比較的暇になると思ったけど、そういえばバイトを始めることになっていた。システムは少し特殊だが、一種の個別指導みたいなものだ。1日おきにそれの研修をやっていた。時給は低いが、時間外労働が発生しないのは嬉しい感じだった。自分の頭に入っている知識は体系化からは程遠くて、至る所に穴や瘤があるし、ズタズタの主要道路の機能を本来存在してはいけないようなバイパスが補っている状態だったから、きっと大変な仕事になるだろうと予想してたけど、実際思ってたよりは簡単な仕事だった。面倒な体系化の作業は市販の学習参考書が補ってくれている。僕のやることはその平易な文章をより簡単な箇条書きや図にパラフレーズすることで、あるいは生徒の答案をOCRのように読み上げて採点をすることらしい。

 それにしても僕は勉強も予備校も嫌いだったので、自分が教育っぽいことをしているのはどう考えても間違っている気がしてならない。まだ実際の生徒を受け持ってはいないのでなんとも言えないけど、仮に「勉強をすることで何か良いことはありましたか?」みたいなことを聞かれた際は何と答えようか。大学―下宿圏内の1km生活圏にいるときは気づかないのだが、僕は恐らくめちゃくちゃ異様で不健康そうな見た目をしている。こんな人間が「○大生」のインスタンスとして生徒の頭に入ることで、彼らの学習意欲を損なうことにならないだろうか、そこらへんも心配である。そして学歴同好会みたいな活動をやっていたことがバレたら、あるいは単にtwitterやHNがバレただけでも、無慈悲な懲戒解雇は必然だろう。現状がいつまでも続くとは思わず、次なる職のアテを見つけておくべきなのかもしれない。

 

 中旬くらいから山形に免許合宿に行った。運転は苦手だ。ブレーキとかアクセルとか、明らかにミスを誘発する設計が放置されている気がするし、その一つのミスは容易に人命が吹き飛ばす。僕の命がどうかはさておいて、一般的にかけがえのないものとされているものを消滅させるのは良くないだろう。それを簡単に起こせるので車は良くない。チェルノブイリ以前に設計されたインターフェースを僕は信用しない。

 狭い教習所内のコースを走るのは本当に大変で、最後まで細かいミスを連発していたのだけど、なぜか仮免試験を受けて良いという判断が下り、なぜかこれに合格した。右折を間違えて反対車線に入ったり、方向指示器を出すタイミングを間違えまくったりしていたので、まさか受かるはずがないと思っていた。本当に謎の力だった。

 それに受かると実地練習といって、教習所の外、実際の道路に出て運転の練習をさせられた。最初は緊張した。ついに前科がつくと思った。だけど山形は良い場所だった。歩行者が存在しないのだ。道も広い。だから二三回の試行のあとには、僕は危険運転致死傷罪についてあまり考えることなく運転できるようになった。

 運転している僕がそんな感じなんだから、隣に座っている教官はもっと暇だったのだろう。そうなると教官は度々雑談を振ってくるようになった。それが一種の義務であったかのように思ったのだろう。丁度床屋の店員のようだ。しかし床屋と教習車では根本的に論理が違う。髪を切っている店員と切られている客とでは、明らかに切られている客のほうが暇だ。だから、もし店員のほうが散髪をやっているにも関わらず暇だと考えているならば、雑談を仕掛けて互いの暇を解消するのは決して誤った選択肢ではないだろう。しかし教習車の中では、運転している生徒のほうは明らかに教員より忙しい。だから教員が暇だと思ったとしても、生徒もその暇さを共有しているとは限らない。それなのに内省のみに基づいて雑談を振ろうと決断するのは、これは明らかな誤りだと言わざるをえない。

 ともかく、僕はほぼ毎時間雑談を振られた。教員に渡す生徒カルテみたいなやつにはなぜか大学名を書かされたので、基本的にはそこから質問を受けることが多かった。一番多かったのは、大学で何やってるの、という質問だった。最初は言語学と答えていた。しかしよく知られているように、言語学の領域は決して周知のものではないし、僕自身もよく分かっていないので説明できない。だから途中からは哲学と答えることにしていた。一度将来の夢を聞かれた。哲学者と答えた。会話はそれきりだった。僕はドアミラーにちらと目をやって、それからまっすぐ前を見据えた。果てしなく伸びる道路の向こうに、雲一つない美麗な青空が光っていた。アクセルに足を置いた。でも分かっていた。いくらアクセルを踏んだところで、あの空にはきっと辿り着けないのだ。

 

  当たり前のことだけど、教習所に来ている大学生たちは非常に多様だった。これを書いていて、そういえばDQNという言葉もあったなとか思い出したけど、あそこではそういう差別的な言葉を使う気にもならなかった。あそこには絵に描いたような若者がたくさんいて、ホテルのロビーでラップバトルをしたり風呂場で競泳競技を行ったり、一番酷かったのはなぜか脱衣所や食堂から度々スリッパを持ち去られたことだけど、でも彼らのほうがたぶん運転は上手いし、生活にあたっての支障も少ないはずだ。そして僕は啓蒙主義者でもなければ国粋主義者でもないので、最近の若者が総体としてどうだというところを論じるつもりはない。

 ただ、言語と論理の関係性については日々考えさせられた。教習所論理といういわゆるアレに加えて、送迎バスや大浴場の中で彼らの会話を日々聞いていたからだ。叙述や推論というのは、多様な言語機能のごく特殊な一形態に過ぎない。一般的に言葉を動かしているのは、隠れた定義と法則に拠って動く論理ではなく、むしろニュアンスとか気持ちとかの問題だ。もちろんそれを知らなかったわけじゃないし、自分が普段論理に従って会話してるとも思ってなかったけど、この二者の比率があそこまで後者に偏っていても会話が成立するということ、これは大きな発見だった。言語学を専攻とする気持ちはまだ揺らいでいないので、この経験はきっと糧になると思う。

 

 厳密には3月の話だけど、卒検に受かった僕は山寺という場所に行った。山形駅から仙山線で20分くらいの場所にある、本当に山の上にある寺だ。一応春といっても良い時期で、絶えず雪解け水の流れる音が聞こえてはいたけど、足元の参道の曲がりくねった石段は踏みしめられて完全に凍っていたうえ、滑りやすい氷の表面は微妙に谷側に傾いていて危険なことこの上なかった。部分的に除雪はなされていたが、なぜか手すり近くは固く凍ったままで、わざと登らせないようにしてるのではないかとさえ思った。そういえば参道の入り口にいたお坊さんも、酷くむっつりしていて無愛想だった。

 足元の珍奇な岩も遠くの山影も、本当に見るもの見るものが感情的というか文学的で、さらには松尾芭蕉の句碑が立っているとまできたものだから、参道を上がりながらつい僕も頭の中で紀行文らしきものを考え始めていた。僕の細道だ。でも僕に叙景の才能は無いらしい。少し気に入った表現ができたところで、今目と耳で感じている生の感覚にはまったく追いつかない。広大な海から言葉の匙でわずかに感覚を切り出して、いくらそんなことをやったところで元の海の大きさを計り知れるはずもない。

 これは無理なのではないかという気持ちを持ちながら、それでも健気に奥の院までを上り詰めて、なんとか帰り途も表現を探し求めていた。敗色濃厚だった。鋭敏で未分化な世界に対して、言葉の範疇化はあまりに無粋。ついそんな勿体ぶった負け惜しみまで考えながら、僕は階段を下っていた。上りよりも明らかに危険度が高い。一段一段恐ろしく時間をかけて降りていったが、しかし駄目だった。段の切れ目すら分からない、真っ直ぐな下り勾配が現れて、一歩踏み出した瞬間僕は尻をつきながら数メートルを滑り落ちていった。

 動きが止まり、恥ずかしさと痛みに耐えながら立ち上がること数秒。僕は例の完全に文学的試行を放棄していた。再開しようとも思わなくなっていた。あとは周りを見渡しながら、そして足元に注意しながら山道を降りていった。出口、無愛想な例のお坊さんのところまで来て、不意に除雪はわざと大雑把にしていたのではないかという気がして、ふとなんだか笑いが出てしまった。

 

 その日の夜、僕は山形市内のビジネスホテルに泊まった。狭いけど清潔で良い部屋だった。何より数週間ぶりに味わう一人の夜だった。荷物を置いて服を脱いで、ついでに山寺で身につけた超然的な佇まいも殴り捨てて、僕はベッドの上で煩悩を結実させた。快い感覚に取りつかれているうちに、やっぱりもうちょっと文章で頑張ってみたいという気持ちになった。

あけましておめでとうございます!

 今年は筆まめな一年にしたいですね!

 

*今月の振り返り

 年越しは実家で迎えました。実家に帰ると風呂は広いし床は暖かいし、3日めくらいまではQOLの高い状態で迎えられるのですが、その後徐々に様子がおかしくなってきます。何よりも問題なのはやはりペアレンタルコントロールの問題で、真剣にこれと向き合うと大抵心に傷が広がっていきます。父親は非常に良く出来た人間で、あらゆる転勤や残業を物ともせず勤勉に働き、それでいて身体も頭も抜群なので会うたびに尊敬させられますが、ただ重大な欠点が一つ、息子に私を生んだということです。日経ビジネスの代わりに岩波文庫(青)を携えて帰省してきた私をまっすぐ見据える父の目を、私はまともに見返すことができませんでした。

 で、今月の振り返りとかいっておいてこれは年を越す前の話で、年越してからのほうがむしろ地獄でした。今では全てが記憶の彼方ですが、一年前の私は受験生だったのですね。そして(少なくとも親の目から見れば)私は1日10時間を予備校の自習室で過ごす超真剣受験生だったので*1、去年親戚との諸々の会合は全てスルーさせてもらっていたそうで、その返礼とばかり今年は数々の親戚のところを連れ回されました。北海道に行かなくて済んだのが唯一の救いですが、それでも毎日のように車に乗って関東一円を回らされ、ところで私は車に弱いので全てのSAで休憩させていただき*2、ともかく非常に体力消耗の激しい年末年始でした。

 親戚との会合で出た諸々の会話について、その仔細を書き下すことはあまり望ましくないように思われますし、また書いても特に楽しいことはありません。しかしところで私は若者のインターネットサブカルチャーに詳しい者なのですが、それによると人の苦しむ様子が掲載されたページはアクセス数・滞在時間・ブックマーク数その他諸々の指標が指数的に跳ね上がることで知られ、一部の人々は人の苦しむ様子を受信するためだけにインターネットを利用しているという説もあり、そういうわけで二三のつらかった箇所を書いていきたいと思います。

 まず第一には、従兄弟と会うのがつらかったです。つらいですね。小学生の頃は非常に仲良かったのですが、私は男子校の文化部という最悪の団体に入って最悪の人格を得、片や従兄弟は運動部に入って健全な青春を送り、そして私より一足先に大学に入り、今は3年生となって就職活動の最前線に入らんとしていました。そこで彼は新年会の傍らスーパー社会人であるところの私の父に質問をし、なぜか隣に引き寄せられた私は彼らの話を仔細無く聞かされました。

 つらいですね。あれはつらいです。

 本当につらいときというのは、相手がおかしいのではなく自分が劣っているだけなのだ、と気づいたときだと思います。私とよく一緒にぶっ続けでゲームを遊んでいたあの彼は、真っ直ぐな目で社会に出るためのアドバイスを私の父に求めていました。私が文章を書くと全ての人間が茶化された感じになってしまって申し訳ないのですが、あの場所で茶化されるべきは駅伝を見ながら中継車の寡多によって引き起こされる空気抵抗の大小を真顔で検討していた私くらいなもので、あとの人々は皆真剣に自分の人生を引き受け、その中で出来ることを考え、そしてそれを実行に移しているのです。書いていてつらい気持ちになってきたので、この話題は終わりです。

 あとのつらいことといえば、もはや定番になった「なんで○○大に行ったの?」です。その質問に特に意味は無いのだと思います。僕だって突然親戚がガバディ部に入ったら同じことを聞きます。そしてその答えも特に意味は無い、で終わりです。面白そうだから、と答えます。まあ実際、振り返って理想との乖離は甚だしいけれど、それでも面白い1年だったと思います。面白い人々にも出会いました。面白いことも沢山やりました。そして、学園祭でお酒の飲めない大学には進学するべきではありません。

 最後のつらいこと。実家でも親戚の家でも四六時中点いているフルカラーの通信傍受装置です。確かに映像の精度は卓越した現代文明の技術力を感じさせますが、その内容はノイズばかりで意味を為しません。あの装置とどう折り合いをつけていくか、特にあの内容に技術デモンストレーション以上の実体性を見出す人々とどう向き合うか、これが今後の課題となってくるでしょう。ちなみに私の文章は技術デモンストレーション以下です。実体性を見出したりやたら拡散しようとしたりする人々は押並べて反省してください。

 あ、でもNHKのドキュメンタリー番組は最高ですね。30分くらいの短い番組でしたが、この本の著者が登場してきて、カネや国といった概念はフィクションに過ぎず、またその効用ももはや限界を迎えつつあって、早く次のフィクションに移らなければならないということを訴えていました。私は物事が相対化される瞬間が大好きで、そういう声がしかも例の通信傍受装置から響いてくるとは到底思っていなかったので、両親の前で図らずも大興奮してしまいました。早口で何事かを口走り、スマホを横に寝かせてテレビ画面を撮り続ける我が子の姿、父の目にはどう映ったのでしょうか。

 

 今月の振り返りといいながらまた4日しか時が進んでないですね。まあ、はい、でもそろそろ終わりにしたいと思います。後は特に大きな出来事はありませんでした。

 誕生日プレゼントを送ってくださった全ての方々、本当にありがとうございました。深くお礼をします。今や私のハンドルネームは郵便局と佐川急便の住所録にしっかりとその名を刻みました。実はまだ、カラーコーンと重油ステッカーが届いていません。届いても特に使いみちは無いですが、しかし全く届かないとふぁぼもRTも稼げなくて承認欲求が満ちえないので、もし送り主の方がおられましたら配送状況を確認して頂けると助かります。ガードバーくんには下宿に帰ってくるたびに癒やされています。

*3

*1:実際に勉強していたのはその2/3くらいの時間です

*2:大黒SAがお気に入りです。あんなエピックな場所なかなかないです

*3:この記事の後には今月読んだ本の読書録が記述されていましたが、公開する段になって当人が激しい拒絶反応を起こしたため、削除されました。当人は有意義に対して激しいアレルギー体質を持つ一方で、現在の怠惰な生活の大きな要因がまさにそのシニシズムであるということを理解しており、当該文章はその克服の第一歩として掲載される予定でした。

あるいはbotでいっぱいの海

 

 諸々の進捗からの現実逃避のために、今日は新京極にオタクグッズを買いに行きました。すっかり日も落ちた午後七時、修学旅行客の多い京都の商店街ですから、すっかり人の数も減っているものだと思いましたが、不思議なことに今日はたくさんの人が行き交っています。違和感に目を凝らしながら人々を眺めていると、私はその中央で記念撮影に応じる全身赤ずくめの男性の姿を認めることができました。季節外れのカープの優勝パレードでしょうか?何にせよ、京都の夜は街灯が少なくて危険です。なにぶん若い人々も多かったですから、なるべく早くに切り上げて帰宅してほしいと老婆心ながらに思いました。

 

この記事はKMC Advent Calendar 2016の25日目の記事です。前日の記事はKMC-id:hakurin さんの「はじめての同人誌」でした。僕も天龍型姉妹の子供になりたいですね。

hakurin776.hateblo.jp

 

 初めまして。KMC-id:kyp と言う者です。前期はpiet練習会に出ていて、途中からDTM勉強会にも参加するようになりながら、気づいたら部室のコタツとズブズブの関係を築いていました*1。私は(謙遜ではなく)あまりプログラミングに詳しくなく、本来このサークルに入ったのもDTMが主目的だったのですが、このサークルでは毎日色々と楽しいイベントが立っていて、気づいたら自分もコードを書いて(描いて)いることが増えてきました。今回の記事ではのんびりとSlack Botを作ってみた話をします。技術的に新しいサムシングがあるわけではないので、ゆったりと雰囲気を感じ取ってもらえると嬉しいです。

 

1.わいわいSlack

 これは特に説明がいらないかもしれません。Slackはチーム用のSNSみたいなものです。物凄く雑な説明をすると、チームの中の人たちしか見たり書き込んだりできない掲示板みたいなものです。各々勝手にスレッド(=チャンネル)を立てることができます。KMCはSlackを鬼のように使い倒していて、数百ものチャンネルが並行して立っており、文字通り今晩のおかずからハッキングまでを楽しく語り明かしています。

 で、4月くらいに入ったときから薄々感じていたのですが、KMCのSlackには膨大な数のbotが動いていました。部の内部Wikiが更新されると自動的に教えてくれる(最近はdiffまで表示されるようになった)botであるとか、仮想マシンのシェルをいじれるbotであるとか、その機能は実に様々でどれも高機能です。*2

 で、これはどういう風に動いているのか気になって、その辺にいた適当な先輩に聞いてみると、Slackはいい感じにAPIが公開されていて、これをいい感じの手続きを踏むと外部のプログラムから中のデータを読んだり書いたりすることができるらしいです。で、その手続きをいい感じにしてくれるライブラリがいい感じの言語で動くので、それをいい感じに使っていい感じのプログラムを書き、いい感じの実行環境の上で動かすことで、いい感じのbotを走らせることができるようですね。

 KMCに入部することによる大きなメリットの一つとして、部のサーバーを自由に使うことができるという点があります。インターネットと通信するbotを動かすだけなら自分のPC上で実行してもできるのですが、PCの電源を落とすとbotも落ちるし、それだと狙った機能はなかなか実行できません。ところがサーバーは24時間365日年中無休で動いています。なのでその上で動かしたBotはずっと動き続けてくれます。これを活かさない手は無いですね。

 

2.わいわいBotkit

 上に書いた「いい感じのライブラリ」は沢山あって、沢山の言語の上で動いています。「Slack bot 作り方」で検索すると色々なライブラリが出てきて迷います。迷っているうちに「今日はいいか…」という気持ちになってSteamを起動します。そして午前3時になっています。風呂に入って寝ます。目が覚めます。窓からはカーテン越しに穏やかな夕日が射し込んできます。

 で、そういう無意義な日々から脱するために、とりあえず例会講座でbase64さんが例会講座で紹介していたnode.js上で動くライブラリBotkitを使ってみることにしました。この時点ではnode.jsが何なのかよく分かってないし、自分が今何書いてるのかもよく分からない状態でしたが、まあサンプルコードをちょっと書き換えてbashから起動。

gist.github.com

  で、こうなります。

gyazo.com

 楽しい✌ ('ω' ✌ )三 ✌ ('ω') ✌ 三( ✌ 'ω') ✌

 「特定の書き込みを探す」→「それに対応した返答を返す」という機能は上の関数を改変すれば無限に作れるので、機能は無限に増えていきました。

gyazo.com

 正規表現に初めて触れる様子

gist.github.com

gyazo.com

 変数を使ってみる様子

gist.github.com

 

gyazo.com

 わいわい。上に挙げたような高機能なBotからは程遠いですが、とりあえず発言すれば狙い通りの返事が帰ってきて楽しいです。これは人間とのコミュニケーションでは中々無いことです。

 

3.わいわいtwitter

 ところで私はtwitterが好きです。思春期のほとんどをtwitterに費やし、青春のエネルギーを黒歴史に変換し、そして数度に渡ってその全てを消し去っていきました。今動かしているアカウントがはたして何代めのものか、今名乗っている名前が何個めのものかも分かりませんが、ともかく私は百聞は一ツイートにしかずという世界観で生きてきたのです。ということで、Slackの次はtwitterbotを作ってみようと思いました。

 インターネットで初心者用の説明記事を参照すると、PythonとかRubyとかが多くてアレだったのですが、せっかく環境を築いたのでnode.jsのtwitterというライブラリを使ってみることにしました。

gist.github.com

 

 よさそうでした。でも、特に具体的なBotのアイデアがあるわけでもなかったので、とりあえず思考停止でSlackの特定チャンネルへの書き込みをtwitterに流すプログラムを作成。#kyp_memoチャンネルで「tweet (.*)」と書くとその内容で私のアカウントが呟きます。ここで重要なのは、Slackでは書き込み者の限定をしていない(つまり、誰でも私のアカウントを介して呟ける)ということです。*3

gist.github.com

 平和ですね。

 ところがこの牧歌的な光景は、思いもがけない方法で終わりを告げることとなります。

gyazo.com

 つい失念していたのですが、D <twitterSN> …… でダイレクトメッセージを送ることができるのですね。他にもリプライを送ったり、ツイートのURLで引用RTしたりとか、 次々と良くなさそうな行動が取れることが発覚していき*4、ところで他人の通知欄を汚すのは極刑に値する重大犯罪なので、一旦この機能は停止させられました。その後微妙にリプライを弾いたり先頭にSlackからの発言であることを示すヘッダーをつけたり*5して再起動しましたが、思いの外この機能が好評を博しており、毎秒に近いペースで呟きが投稿され、つまるところ荒らし以外の何物でもなくなっていたのでやっぱり機能停止ということになりました。

 

 さて、私はKMCのアドベントカレンダーに対し、特に考えることなく参加表明をしてしまっており、さりとて何か成果を挙げられるような活動をしていたわけでもなかったので、そう考えるとbot作りの事実はネタとして最適なのかなあという感じが起きました。なので、ネタとしてこの機能は復活させておこう、ただし人々には分からないようにして、という企みを起こしました。ところで私は口が軽いです。

gyazo.com

 そして部室でおだてられて更なるヒントを与えてしまい、

gyazo.com

 なぜか文字化けしていました。で、その後頑張って修正したんですが、

gyazo.com

 ……。

  その頃のお気持ちが偲ばれるツイートです(このツイートを打っている最中にも私は超人的な速さで無差別に下ネタを投下するアカウントになっています)。

 で、皆さんの理性を取り戻すために、ten君の「5%で発言者のidが表示される」というアイデアを元に、いい感じに実装!……できなかった。

 

4.ちょっとだけnode.jsっぽい話

 例えば私のID @kyp のように、表に出てくるSlackのIDは自分で付けられる分かりやすい名前になるのですが、twitterとかと一緒で、内部的にはどうもそうじゃないらしいです。で、発言についてくる情報はその内部的なごちゃごちゃした何かなので、それを皆がよく知っているほうのIDに変換する必要があります。で、そういうAPIがありました。

 こことかを参考にしながら、何の疑問も持たずにコピペ。

gist.github.com

 node.jsを知っている人であれば、というかそうでなくても、私の誤ちがどこにあるか容易に指摘できると思います。私はそうではありませんでした……。乱数を一旦排除してあるので、全ての書き込みに[by ***]とついて欲しいのですが、残念ながらそうはいかなかったのです。console.log()で色々吐き出させているうち、ようやく私は「処理が下から上に行われている!!」と気づいたのですね*6

 javascriptの文法に明るくなく、サンプルコードに頻出する「});」みたいなコードもぼけっと眺めていた私にとって、これが関数の引数として与えられている関数で、しかも実行されるのはその(自分が引数となっている)関数が終了したとき(そして変数のスコープはクロージャーで云々……)というのは確かな知識として備わっていませんでした。

 まあつまり図にすると、私がこう

gyazo.com

 思っていたのが、実際にはこう

gyazo.com

 だったんですね。で、SlackのAPIにユーザーの名前を尋ねに行くよりも、twitterにポストしてしまう動作のほうが早いので、下の関数が先に呼び出され、outputはフッターなしに出力されてしまう……と。

 で、この問題点は雑な実装により解決されました。

gist.github.com

 雑ですね~~~~~~~。

 コールバックが4重くらいになってますね。雑。雑すぎる。

 なんかPromiseとかthenとかの存在は知っているので、絶対にそのうち書き換えます。でもこないだnode -v とか打ったら0.10.29とか出てきて不穏でした。バージョンアップの方法も調べてやってみましたけど、どうもroot権限が必要っぽい?グローバルインストールとかなんとか、知らない概念がたくさん出てきたのでまた勉強するしかなさそうですね。

 

5.現況

 本来は秀逸なツイートを逐一貼り付けていって笑いを誘おうかとでも思ったのですが、このままだとアドベントカレンダーの中で一番長い記事になりそうです。しんどいですね。というわけで雑にこれを貼ります。

 頑張って時折発言者名が覗くようにしたのに、過激なツイートは一切止むことはありません。というかこれはかなり無力でした。

gyazo.com

 いい発想ですよね。また、この機能は新たな火種を生みました。上のコードを見て分かる通り、投稿者の偽装は数回の試行の後直ちにブロッキングされたのですが、

gyazo.com

 とても分かりづらいですが、「y」がキリル文字の「у」(ウー)に置き換えられています。他にも0x202d(Left-To-Right Override。文章が左から右に流れることを示す制御記号らしいが、表示上は何も現れない)を間に挟むとか、あるいは単に半角全角の混合とか、そういう欺瞞に満ちたダークウェブの前に我々はあまりに無力です。

 ところでこれはその失敗例です。

 

6.終わりに

 ここまで見てもらって薄々感じ取っていただいたように、KMCの人々はBotを公開するととことん使い倒してくれます。その方向性は主に脆弱性を突く方向に行くのですが、しかしそれもまた一種のコミュニケーションという感じがあって楽しいです。クラッカーとインフラエンジニアの仁義なき戦いを10000倍くらい水で薄めるとこういう感じになるんじゃないかと思います。

 ちなみに、これまで#kyp_memoの元にされたツイートの数は208個です。たった3日間の出来事です。最高の承認ですね。

 

 というわけで、KMCでは新規部員を募集しています!KMCには入部制限はなく、年齢や学歴、人種、宗教、信条、性別、社会的身分、門地、国籍、経験などは不問です!ちなみに私は文学部です!Botを作って承認欲求を満たしたいみんな、集まれ~~~!!!!

www.kmc.gr.jp

 

 で、さらに言えば、

  もあります。脚注にもありますが、KMCで動いてるBotについて興味関心のある方にはきっと満足して頂ける内容になっていると思います!僕もいくつかの企画に顔を出しています!部誌もCDも一瞬で買いましょう!

 ちなみに、KMCではグラフィッカーを中心にもう一つのアドベントカレンダーも行われています!

www.adventar.org

 僕も神絵師になりたい!来年はプロジェクト参加します!

 

最後に

www.youtube.com

 最初にちらっと書きましたが、私はDTMが大好きです。そういうことです。絶対にチャンネル登録して拡散してください。よろしくお願いします。*7

*1:この記事も部室のコタツの上で書かれています

*2:Slackで動いているbotについてもっと知りたい方は、C91で配布されるKMCの部誌にもそれっぽい記事があるので、よければ読んでみてください!

*3:本当のことを言えば、実装の仕方を知らなくて放置してただけなんですが……。

*4:そのうちのいくつかはKMCの先輩を対象に私のアカウントを通して実行されました。

*5:皆さん"\b"と呟いて消そうと頑張っていました。

*6:この数日前にwassさんからそういう話を聞いていたのに……無念です。でも話を聞かなかったら気づきすらしなかったかもなので感謝です。

*7:本当は今日までにオリジナルの曲を作って投稿するつもりでしたが、間に合いませんでした……。無念です。

講座をやった(2)

講座をやりました。

参考動画

www.youtube.com

www.youtube.com

 

感想

  • この講座やるために動画漁ってたらSynth1でも色々な音を作れることが分かりました。
  • 結局は持ってる器材よりその活かし方だなあと思いました。
  • MassiveはMassiveでまだまだ習熟していく余地があるとも思います。
  • 発表はとてもむずかしい
  • スピーカーとかの設定もむずかしい
  • イヤホン外してバンバン音出してもらいましたが、色々な音が鳴っててとても楽しかったです。
  • 今後もバンバンシンセ使っていきましょう!

 

 なお、この記事を書いている最中に日本ハム中田翔のHRで同点に追いつきました。頑張れ日本ハムファイターズ

近況報告 耳鼻科に行きました

 仲尼曰く、……これを聴くに耳を以てすることなくして、これを聴くに心を以てせよ。これを聴くに心を以てすることなくして、これを聴くに気を以てせよ。耳は聴に止まり、心は符に止まるも、気なる者は虚にして物を待つ者なり。

-『荘子』内篇 人間世篇

 

 耳鼻科に行きました。というのもここ数日右耳の調子が明らかにおかしくなっていて、膜がかかったみたいに声が聞き取りづらい状態になっていたからです。大学の授業を聴いていても*1、音の輪郭がぼやっとしていて内容を掴めず、うーんという感じになっていたほか、一番困るのは(特に右側からの)足音をほぼ感じることができず、知らぬ間に誰かが近づいてきてビクってなることでした。

 で、そういう状態のときに冒頭の句を見て、一瞬そうかあと思ったんですが、やっぱり僕は仙人ではないので心でも気でも何かを聞くことはできないし、そもそも耳使わないならこの人達はどうやって問答してるんだという話ですよね。

 そういうわけで東一条通りの耳鼻科に行ったんですが、最初に耳が聞こえないって受付の人に言ったのに、名前は声で呼ばれるし、診察は口頭で行われるし、まあ仕方が無いんでしょうけど、聞き取るのにかなり神経を使いました。片耳が無事なのでまあどうにかなったんですが、もっと重い人が来たら大変だという気持ちになりました。

 僕は花粉症がわりと重く出るので、毎年耳鼻科に行ってはいるんですが、耳の件で行くのは今回が初めてだと思います。今まではこっちもむこうも完全に作業という感じで、「花粉症です」「そうですか」「つらいです」「お薬出しますね」という一連の会話を経て、なぜか毎回喉の様子をチェックされ*2、最後によく分からない機械でよく分からない気体を吸引させられるという一連の流れが確立されているんですが、今回は初めてのことが多くて楽しかったです。

 一番楽しかったのは耳の中に細い機械を突っ込まれて、物凄い勢いで何かを吸引されたことですね。ゴミと一緒に粘膜が引き剥がされていく痛覚が気持ちよかったです*3。で、終わった後にお医者さんが「これが入ってたんだよ」って言われて豆粒大の何かを提示してくれたんですが――黒く乾いててトゲトゲしてて、普段お見かけする耳垢と全く違う何かだったのですごくビックリしました。書いてて思ったんですがこの話全体的に汚いですね。お医者さんにお願いして写真取らせてもらってツイッターに投稿したかったです。

 で、ゴミが無くなったからと言って聞こえるようになったかというとそうでもなくて、まだまだ聴覚は膜がかった感じです。たまに聴覚がクリアになる瞬間があるので、今日もその機を生かして三条で音ゲーしてしまったんですが、帰りの自転車漕いでるときにまた聞こえなくなって、危ないなあという気持ちになって鴨川沿いを徐行しました。

 サークルでDTMをやっているので、これはやばいなあという気持ちが高まってきてるんですが、お医者さんによればおそらく一時的な炎症なので、その原因が取り除かれた今、抗生物質飲んで点耳薬指してれば治るだろうとのことです。耳が聞こえないで作曲するの、ベートーベンみたいでかっこいいと一瞬思ったんですが、音感が無いのでたぶん無理だし、現代のイメージはむしろ佐村河内守ですよね。しばらく他の作業に専心して、症状が治るのを待っていようと思います。

*1:そういう状態になるのは1日約50分程度です

*2:今回も問答無用でされました。耳なのでさすがに関係ない気がする

*3:私はマゾです